もちろんこの数ヶ月間ずうっとやってたわけでも放置していたわけでもありませんが
ずるずると時間がかかったのにはまあまあワケもあります
最大の原因は慰問ライブにかかりきりだったということ
加えて、基本的に知らない曲だったというのも理由の一つです
とはいえサビのあたりはなんだか耳に覚えもあるのです
私きっとこの曲、布施明さんの歌をテレビで聞いたんだと思います
それで「良い曲だけど、こりゃ歌えん」と刷り込まれた・・・んじゃないかな、多分ですが(笑)
という事情?で無理無理って気分が強かったんですが
大塚博堂さんの歌唱をyoutubeで探すと、
ややキーも低くて、もしかしたらやれるかもと、ようやく重い腰を上げた次第であります
低いと言っても、大塚さんのキーだと私は「絶叫~~~!」しないと出ない
この曲、もちろん盛り上がりはありますが絶叫シャウトは似合わないので(^_^;)
1音下げてチャレンジしてみました
という次第でtake1を録ったのがお盆前
歌い回しが変だったり、口笛がへたれていたりといくつか直したいこともあったので
そのうち~~~なんて思ってたら・・・・
風邪が治りません!
声が枯れるというよりか、のどの奥、気管支あたりがゴロゴロして咳が続いてます
ここ数日でちょっと良くなりつつあるのですが
不本意ながら、もうこのtake1でひと区切りつけることにしました
姫様、許してたもれ~~~
4 件のコメント:
夜中にこんばんは。
師匠、これまたシブい。。。
姫からのリクエストなら頑張らないとですな。
風邪ひいてしまったのですね。
安静にして早く治して下さいね。
師匠 おはようございます。
大塚博堂さんは琢郎さん世代のシンガーで、
30歳過ぎてから本格的にメジャデビュー
でも、活動なさったのはたった5年間で、
37歳という若さで脳出血で他界されました。
その間に、100曲近い作品を遺され、
主にシャンソン歌手たちなどによって
数々の曲はいまも歌い注がれています。
私がはじめて大塚さんの「めぐり逢い紡いで」を聴いたのは
二度目の大きな手術で三ヶ月入院していた頃、
手術によって後発した病気の痛みに
のたうち回っていた頃、
偶然ラジオから流れてきた曲です。
でも、そのときはすでにお亡くなりになっていました。
一度でいい、コンサートに行きたい。
そう願いながら、早すぎた死に涙したものです。
師匠 ありがとうこざざいました。
しばしばさん、こんちは!
風邪と言いますか、気管支付近に痰が絡むだけなんですが
それが咳を引き起こして、ちょっとつかれてます(^_^;)
私の最大の弱点が呼吸器系なんで、早く直さないといけませんが
もらった薬を全部飲んでもまだ改善無し・・・
どうなりますやら
めぐみさん、おはようございます
もう没後35年を迎えるのですね、早いものです
大塚博堂さんと言えばやはりデビュー曲の
「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」が印象強いですが
私はリアルでは知らず、ずっと後になって知りました
それと、自分の中では、大塚博堂、永井龍雲、大滝詠一の3人が
もうごっちゃまぜになっていて
曲を聴いても、誰の曲か区別かつかないでいました(今もですが)
さらばシベリア鉄道なんかも大塚博堂さんだと思ったり(爆)
音楽との出会いというのは
いろんな場面で救い、助けてくれるものです
時間がたってもその曲とともにそのシーンがリアルによみがえるのですが
不思議なことに、つらかったこと、悲しかったことは
上手く音楽と結びついてるのに
幸せだった思い出とつながる音楽というのは自分に中には1曲もない(^_^;)
おかしなものですね(笑)
リクエスト、ありがとうございました
僕も、新曲を覚えられて良かったです
居酒屋でも数回歌いました~~~!
コメントを投稿