2018年7月11日水曜日

西日本豪雨 被災日誌(1)

いったん被災した実家から戻ってきました、また次の連休で実家に向かいます

私の実家は宇和島市吉田町・・幸いにも一人暮らしの母は無事でしたが
この豪雨災害で町内の10名近い方の命が失われました
地震・水害・風害という自然災害は、自然豊かで美しいこの国の裏の顔ともいえます
どこに住もうと嫌でも向き合わなければならない災いだと、十分にわかっているつもりでしたが
あまりにも無情に、そしてあっけなく人の命を奪う現実は、
尋常な理解も覚悟も超えたすさまじいものでした

以下、自分の記憶を風化させないための被災日記ですが
時刻等に関しては記憶も曖昧なので多少のずれがあるかもしれません

平成30年7月7日(土曜日)

午前7時過ぎ、実家から電話が入る「床上に水が上がってきた!どうしよう・・・」
  |実家は平屋で垂直避難は不可、しかも高齢の母ゆえ屋根裏へ避難もできない
  |「二階建ての家に避難させてもらえん?」
  |「もう無理・・・」
  |「それじゃあ今のうちに押し入れの中段に上れるようにイスを用意して、様子見て」
午前8時前、増水は概ね床上20cmでピークとなった
  |どうやら水没の危機は脱したようで一安心した
  |直ちに救援に向かうべく道路情報を確認したが、高速道路も一般道も各所で寸断
  |一度は救援もあきらめたが、「とにかく行けるとこまで!」と思い直して
  |救援の準備開始
  |ただ、とにかく停電のため母の携帯の電池切れだけが心配だった
午前9時半頃、救援に出発
  |被害の全容が全くわからないので
  |ありったけのモバイルバッテリ、充電式ワークライト、カセットコンロ&カセット
  |タオル、トイレットペーパー、非常食、飲料水、使い捨て食器、傘、レインコート等々
  |を積み込んで家を出る
午後3時頃、愛媛県大洲市で立ち往生
  |徳島~美馬間:高速利用
  |美馬~三島川之江:一般道
  |三島川之江~西条:高速利用
  |西条~大洲市:一般道利用
  |上記の経路で、そこそこスムーズに大洲市に到達したが、大洲市は肱川の氾濫で水没
  |一般国道56号も市内の入り口で封鎖となった
  |土地勘もそれなりにあるので迂回ルートを考えてみたが、
  |迂回に伴う危険の方が大きいと判断、56号の封鎖解除か、松山道の規制解除を願い
  |いったん内子町まで引き返してスーパー駐車場で待機
午後9時頃:宇和島方面への迂回を決行
  |スーパーの営業が午後10時までということで、それ以降も駐車させてもらうべく
  |店長に駐車場の閉鎖の有無と、最悪明朝までの駐車許可をもらいに行くと
  |なんと店長は当日宇和島から内子まで出勤したというので、そのルートを教えてもらう
  |ルートは一般国道197号から一般国道320号経由で宇和島にいたるもの
  |(内子-五十崎町-肱川町-城川町-鬼北町-宇和島市)
  |夜間でもあり、山からの出水、土砂崩落に肝を冷やしながらも、なんとか宇和島に到着
午後11時過ぎ:宇和島市高串の土砂崩落で56号封鎖、再度立ち往生
  |これで実家までたどり着けるとお持った矢先、目の前に警備員の赤色灯
  |大規模な土砂崩落で56号が封鎖中だとのこと
  |万事休す
午後0時頃:道の駅三間で車中泊
  |駐車スペースがあってトイレも大丈夫という条件で車中泊の場所を探すとなると
  |「道の駅」がベスト、しかしその時は気付かなかったが
  |すでに道の駅のトイレは宇和島市の給水施設の崩壊で断水し使用できなかった

平成30年7月8日(日曜日)

午前5時過ぎ:ものすごい雨の音で目覚める(というかほとんど寝てもいないが)
  |あまりの豪雨に身の危険も感じたが、とにかく情報収集を開始
  |雨雲レーダーでは現在地に黄色の豪雨域がかかっているが、どうやら東に移動しそう
  |高速道路は以前通行不可
  |56号の様子が不明なので通行止めの現場まで行ってみたが、依然として通行不可
  |他の迂回路は考えるのも恐ろしいほど危険なルートなので自重
  |というわけでまた道の駅に戻って待機
前10時過ぎ:56号通行開始という情報が母から入る
  |宇和島に住むいとこから「どうやら通れるらしい」という連絡を受けた母からの知らせで
  |出発を決意
  |しかし、吉田町を孤立させていた56号の通行止め現場は二箇所あった
  |そのどちらが通行可能となったのかがわからない
  |結局、もうバクチ覚悟で向かった先はアウト!
  |もう一箇所にいったら片側通行ではあるが通行可能となっていた
午前11時半頃:実家に到着
  |徳島出発から26時間かけて実家に到着
  |この時点で家付近の水は退いており、送電も再開されていたが、断水は継続中
  |すでにいとこが到着していて、家からの排土作業を行ってくれていたが
  |この日は、家の中というよりも、敷地内の漂着物の処理が主となった
午後4時頃:母を連れてホテルに
  |母の疲弊もピークに見えたので、この日は二人でビジネスホテルに宿泊
  |とりあえずまともな食事とお風呂でやや回復したかに見えたが・・・

平成30年7月9日(月曜日)

  |この日は家の中の水没した物品の搬出が主となる
  |畳は全てダメなので廃棄、敷物類も廃棄、その他水に濡れた家電品、家具も全て廃棄
  |水を含んだ畳や絨毯がこれほど重いとは・・・
  |この頃になると、町内外の被害の一部が次第にわかり始める
  |実家から100mほど離れたみかん山の斜面が高さ百メートル近くに渡り崩落
  |土砂が民家を押し流し、命も失われた
  |町内でも胸まで浸水した箇所もあったらしいが、皆口々に「あっというまだった」と
  |おそらく「大丈夫~命の危険」まで1時間も無かったのではないだろうか
  |少なくとも実家に限ればここ50年近くは経験の無い水害であった
  |
  |夕方になって、母の体調が悪化し、病院に向かうが
  |交互通行の渋滞で500m先の病院まで1時間以上かかった、交通事情もますます悪化
  |夜は試しに被災した実家で寝てみた
  |エアコンの室外機が水没していて機能しない、暑苦しい夜
  |母は水没を免れたベッドで、自分はソファーで就寝、うたた寝程度はできたが、
  |高齢の母にはこの先、水も満足な食料も空調もない状況での生活は無理と感じた



平成30年7月10日(火曜日)

  |早朝から片付けを開始する
  |しかし断水が継続し、家中の泥がどうにもならない
  |この泥をなんとかしない限り、片付けも全く進まないし、実家でできることは限りなく少ない
  |なので、母の体調悪化もあるし徳島に連れ帰ることにして、
  |近所に家の管理をお願いして、昼頃実家をあとにした
  |
  |高速道路も徳島までは全面開通していて、すんなり帰り着けるものと思ったが
  |PAでのトイレ休憩で、母が動けなくなった
  |支えがないと立つこともままならない
  |しかもPAはすぐ近くのICを過ぎたところにあって、
  |行きつけの病院に連れて行こうにも次のICまで行ってUターンしかできず時間ロスが大きい
  |救急車にお願いするしかない・・・
  |
  |救急搬送は浸水被害が甚大だった大洲市の市立病院
  |一通りの検査をしていただき、点滴ですこし体調も回復したが炎症反応が出ているとのこと
  |軽い熱中症か疲労が原因かと思っていたが、どうやら予想よりは重篤のようだ
  |もちろん徳島に連れ帰るなどは論外なので
  |医師とも相談の上、かかりつけの宇和島病院まで救急搬送していただくこととなった
  |入院手続きを済ませると、すでに午後10時前となっていた
  |
  |予想もしなかった事態なので、すぐにホテルを探したがどこも満杯
  |仕方ないので車中泊も覚悟して、母の洗濯物をコインランドリーに突っ込んだ
  |そのコインランドリーの目の前にあったホテルにダメ元で歩いて行くと
  |「さっきキャンセルが出ました」とのこと、ああ天の助け!!
  |コインランドリーのとなりにあった居酒屋「がいや」で食事も済ませて就寝

平成30年7月11日(水曜日)

  |ホテルで朝食を済ませ、入院に必要なものを集める
  |実家に戻ってゴミ出し、片付けをしつつ、歯ブラシやめがねなど入院用品を収集
  |足りないものをホームセンターでそろえて病院へ
  |病院では入院時に必要な山のような書類の最後の一枚を提出して
  |とりあえず入院は完了となった
  |実はこの病院も大災害で満杯状態、空きは特別室しかなかった
  |病院の特別室なんぞ今まで見たこともなく、応接セット付き、極上展望の病室に驚いたが
  |まあ、後にも先にもこれっきりのご縁となりそうなので、写真を撮りまくる・・
  |
  |さみしがる母を残して自分は徳島へ
  |午後5時に帰着して、風呂と食事を済ませ、これを書いている
  |土曜日からの3連休にはまた宇和島に向かうので、回復に努めたい
  |自分自身も限界突破だと、もう少し早く気付くべきだった・・かな


10 件のコメント:

J minor さんのコメント...

ziziさん、こんにちは。

うちは関西方面に全然親戚がないんで、今回の豪雨のことも、もう一つ実感が湧かなかったのですが、ziziさんの文章を読んで被害の大きさをあらためて知りました。

にしても、同じ町内の10名近い方の命が失われたということからすると、一人暮らしで高齢のお母様が無事だったのは不幸中の幸いでしたね。

それとziziさんの行動力にも感心しました。「私だったら同じことができただろうか」と思ってしまいました。

Zi Zi さんのコメント...

>J minorさん

コメントありがとうございます

現地は、とにもかくにも「水」です
自分自身も防災関係の仕事をしていた経験があり
その大事さはわかっていたつもりですが
実際に体験すると、断水がどれだけ大きな障害になるか
その切実さに驚愕します
救援物資で飲み水はなんとかなりますが
生活用水は配給はあるとは言え飲料水の何倍も必要なため
どだい高齢の母が給水所に取りに行けるわけもありません
このままでは被災地での母の生活は完全に無理なので
徳島に連れて帰る判断は正しいというか、唯一の道だったんですが
結局、宇和島に舞い戻って入院となって仕舞いました

ボランティア活動も自衛隊の救援活動も日々本格化して
ほんとに感謝感謝ですが
あわせて日本の国力全てを傾けてでも
給水施設の復旧を1日も早くしていただきたいと思います
この猛暑の中、1ヶ月以上も断水というのは
あまりにも過酷です

しばしば さんのコメント...

おはようございます。

お疲れ様でした。
大変でしたね、今週末もまだまだ大変そうですね。
お母様も早く回復されることを祈っています。
家の実家は全くの無害でした。

Zi Zi さんのコメント...

>しばしばさん

コメントありがとうございます
復旧、復興はこれから持久戦となります
うちよりももっともっとすさまじい被害の方々が多数いらっしゃるので
泣き言言えないですから・・
頑張ります

匿名 さんのコメント...

おはようございます。
記事を読み、ziziさんも、お母様もご無事なようでホッっとしました。
しかし、たくさんの方が亡くなられたという事で、なんとも言葉になりません…。
私の住んでいるところも、携帯アラームが夜中鳴り響き、やまない雨に恐怖を
感じるほどでした。
これから、暑さも一層厳しくなるようですので、ziziさん他、被災されている方々の
体調が心配です。ziziさんも、ご無理だけはなさらないようにしてくださいね(>_<)
林檎より

Zi Zi さんのコメント...

>林檎さん

給水施設の被害が想像以上で、
断水の解除までどうやら3ヶ月は見ないといけない状況です
飲み水はなんとかなるのですが
生活や復旧作業ということを考えると生活水の無いことはかなり致命的です
猛暑の中の復旧作業、考えただけでくらくらします(笑)
でも明日また出発・・・がんばるぞ~~!

林檎さんのところ、被害が無くてほんとに良かった
しかし、災害そのものを避けるのは難しいですが
備えは可能です
災害用品の備蓄、避難所の確認、とっさの行動の整理など
少しずつでもやってみてくださいね

励ましとご心配、ほんとに嬉しかったです
ありがとうございます!!

Toki さんのコメント...

心よりお見舞い申し上げます

各地での被災状況が連日報道されていますが、
あまりにも甚大であったのだと改めて感じています。
高温が続きますのでお体には十分お気をつけ下さいませ。

尚、私の勤めている会社から2名ではありますが、
宇和島市に水道事業の復興応援に出向いています。
早い復興を心より願っております。

Zi Zi さんのコメント...

>Tokiさん

あたたかいお言葉、ありがとうございます
そして、宇和島への応援隊の方々にも感謝申し上げます

ご存じのとおり宇和島市の水道施設の被害はもう「壊滅的」なレベルでして
仮復旧まで数ヶ月、本復旧まで1年以上という
もはや給水対象地区の生活は成り立たない状況ともなろうとしてます
水は大切と頭ではわかっていたのですが
こうして長期間断水に直面してみると切実のレベルが全く違います
なんとか1日も早い復旧を願うばかりです

明日からまた現地に向かいます
焦らず頑張ってこようと思います!


ドラ さんのコメント...

遅くなりました!
まさかziziさんのご実家が被災していたとは!
今頃はご実家にいらっしゃるのですね
お母様のご容態はいかがでしょうか
一日も早い快復を祈っています。

被災の後片付けの、心身ともに受けるダメージのきつさは
東日本のときに経験しました。
ziziさん体調に留意しながら作業なさってください。

Zi Zi さんのコメント...

>doraさん

さきほど徳島に帰着致しました
温かなコメントに感謝申し上げます

現地は断水が解消したのが救いですが
それでもこの暑さの中、思うようには復旧が進みません
ただ、親戚や知人の助けもあって
少しずつですが進んでおります
焦らずにマイペースで復旧に取り組みたいと思います