2018年7月28日土曜日

西日本豪雨 被災日誌(6)

被災地の様子が報道される時間が目に見えて減ってきましたね
いえいえ、それもやむを得ないとわかってはおります
しかし、水害の被害というのは思った以上に復旧に時間がかかるものだと
拭いても拭いても乾けば白い粒子が浮かび上がる板間に、とれない臭いに、過酷な暑さに
五感でその果てしなさを感じております

平成30年7月26日(木曜日)

  |明日は母の退院日
  |しかし、退院のためのとんぼ返りだけでは片付けなどの時間がとれず勿体ないので
  |少しでも片付けすべく、前日入り
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  |午後3時前に到着
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  |実は先週、床下の泥を詰めた土嚢袋に加えて
  |倉庫の中の不要物、濡れた衣類、出し残ってた災害ゴミなどを
  |大量に玄関前に出していたのだった
  |さすがに被災直後と比べると頻度が減ったゴミ回収の状況で
  |それらが回収されたのかどうかが気になっていた
  |車から実家の門先が見えたとき、それらが無くなっているたのはかなり嬉しかった
  |妙なもので、出したゴミが回収されただけで「作業が進んだ気分」になる
  |迅速、円滑なゴミ回収・・・災害復旧の基本だなあと、改めて思う
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  |この日は、台風12号の進路情報も入ってきていて、その影響の方が気になったので、
  |台風対策の方が主な仕事になった
  |開けっ放しだった倉庫に、外で干していた物品を納め直して扉を閉める
  |その後、床板を数枚外して、床下の殺菌消毒、乾燥用扇風機の配置など行う
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  |ほんのり嬉しかったのは
  |被災後半月間はびくともしなかった「開かずの引き出し」が引っ張り出せたこと
  |これも、スチームで洗い、消毒液を拭きかけて乾燥
  |しかし、そんなことをちんたらとやってるうちに、すぐ午後6時前・・・はやい
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  |夕方のニュースで、東京五輪カヌースラローム競技用の濾過装置が
  |宇和島市の水道復旧用に到着したと報じていた
  |これで、もしかすると市内の断水の多くが来月上旬に解消されるかもしれないとのこと
  |幸い実家はかなり早期に断水解除となっていたが
  |500mほど離れた市立吉田病院ではまだ断水状態であり、
  |自衛隊による懸命の給水活動が継続している
  |一日も早い給水開始が望まれるところだ
  |しかし、自治体にとっても経験の無い未曾有の災害の中、
  |宇和島市、そして旧吉田町は本当に効率的かつ迅速な活動を続けていると思う
  |住民として感謝するとともに、とても誇らしく思う
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  |ビールで弁当を流し込み、ソファーで就寝

平成30年7月27日(金曜日)

  |母の退院日だ
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  |退院は午後なので、朝からまた片付け
  |そして、退院後使うかもしれないので、どろどろになった母の靴を数足洗う
  |が、たいしたこともしないのに疲労感が強い・・・
  |これが蓄積疲労なのだろうか
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  |そんな折、一つ嬉しい発見が!
  |被災以来、半月以上もの間、電源オンとともに赤ランプが点灯していたエアコン1台
  |なんと、今日通電してみると動き出し、室外機も元気に回っている
  |設置から10年以上経過した古いエアコンは早々に付け替えたのだったけど
  |このエアコンはまだ新しく、できれば修理をと考えていたのだ
  |おそらくは室外機基盤の乾燥が進んだ結果だとは思うが、
  |もちろん今後の無事の動作は保証されない
  |しかしながら、とりあえずの復活はありがたい
  |もしかしたらボイラーも・・・とか一瞬思ったが
  |先日煙を吐いたこともあり、さすがに恐ろしいので、再度の通電はあきらめた
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  |7月10日の入院以来、18日間の入院生活だった
  |当初は一人で全く歩けなかったが、それもかなり回復した
  |もちろん大元となった腎盂腎炎による炎症反応もほぼ治まり、晴れて退院
  |退屈しきっていた母の足取りも心なしか軽い
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  |一度実家に必要なものをとりに行き、その後徳島に出発
  |実家は台風来襲に備えて戸締まりを行っい、母のシニアカーも玄関内に収納した
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  |約4時間かけて徳島に到着、すでに午後7時前となっていた
  |食事を済ませると一気に疲労感が増して午後8時就寝・・・・

平成30年7月28日(土曜日)

  |起きたら朝8時、12時間爆睡していた
  |母もよく眠れたとのことで、一安心
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  |今日は、持病の薬が無くなったのでもらいに行かなくてはならない
  |というか、この災害のごたごたでかなり薬も飲み忘れている
  |怒られるのは必至なので、覚悟して病院に行ってこよう

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